食の急進的な西洋化

食の急進的な西洋化

1868年に神仏分離令が出され、その流れで1870年に大教宣布によって廃仏毀釈が実行されました。僧侶に妻帯、そして肉食が認められ、明治天皇自身が肉食することを宣言しました。実際に、1872年の1月24日に、明治帝が肉食を摂ったことが国民全体に報じられたくらいです。

 

こうした食の西洋化の流れは、西洋の列強に対抗するための、明治政府の策だったと言えます。富国強兵の一貫として、食文化も西洋のものに近づけるようにしたのです。

 

1873年の8月、イタリア皇帝であったエマニュエル二世の甥のゼーン公が来日しました。この時、明治政府はフランス式の正餐でもってゼーン公を遇しました。そして、これをきっかけにして、日本はフランス料理を正餐とすることを決めました。それと同時に、国民にも西洋の食事を奨励することになります。

 

日本の西洋食文化が、本格的に、そして急進的に発達していくのはここからです。西洋料理を出す店も多くなり、いわゆる洋食屋も現れ始めました。

 

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